旧町名をさがす会

かつては東京都内に存在し、そして消えてしまった旧町名。 このページは、行政上は消滅したものの、街角で未だに存在を確認することができた旧町名を紹介するものです。

【目黒区】大原町


【消滅した年】1964(昭和39)年
【現在の町名】東が丘、八雲
【雑記・感想】実は6年前にさがした際には見つけられずにすっかり諦めていました。今回改めて町域を確認しましたところ、まだ足を踏み入れていないエリアを発見してしまったため、改めて赴きました。そして今回文字通り全域歩きました。歩き倒しました。そして最後の1軒で発見するという引きの強さそして弱さを露呈しつつも無事に発見することができたのです。

目黒区といえばそうなのですが、ほとんど世田谷区といってもいいほどに駒沢オリンピック公園に隣接している旧町名です。最寄り駅という概念があってないようなものだと思いますがしいて言うなら駒沢大学駅でしょうか。これも世田谷区ですね。これも世田谷区の話ですが、オリンピック公園というほどなので恐らく東京オリンピックを指していると思いきや1964ではなく1940の中止になった方のメイン会場になる予定だったそうです。(開催した方ではサブ会場だったとか)
そのオリンピックに間に合わせるためなのかどうかわかりませんが、この大原町と隣接する芳窪町衾町は、目黒区で最初に住居表示が実施されたようです。しかも実施は開催の3か月前の7月1日。北京もびっくりの突貫っぷりですね。

大原町といえば、これも世田谷区の話でなのですが、代田橋駅近くにあったこれが無くなるとか無くならないとか。この目で確認してみなければなりませんね。世田谷区の話ですが。

[発見日:平成29年2月26日]

【目黒区】清水町


【消滅した年】1966(昭和41)年
【現在の町名】目黒本町
【雑記・感想】清水町の由来になっている清水池、今も清水池公園内に残っているのですね。池や沼が由来となっている旧町名で由来元の水資源が現存しているのは珍しいかもしれません。清水町の前身の地名は碑衾町大字碑文谷ですが、その小字は「東池下」「池ノ上町」「池ノ上」と、やはり湿度高めです。

現町名は目黒の中心だから目黒本町にしたのだそう。たしかに最寄駅の学芸大学前駅と武蔵小山駅のちょうど中心でそれぞれ徒歩10〜15分くらいの場所です。上も中も下もあるから目黒本町。本目黒にしなかったのは本家の目黒に対する配慮か。いっそのこと住居表示あるあるに則って、新目黒とか方角+目黒とかでもよかったのでは。

目黒本町といえばもちろんあの巨大なダイエーですが、今も健在でしょうか。東横線から伺えるあの要塞のような建物は異様な光景ですね。

[発見日:平成22年10月3日]

【東京府荏原郡目黒町】上目黒


【消滅した年】1932(昭和7)年
【現在の町名】目黒区上目黒、青葉台、下目黒、中目黒、東山、祐天寺など
【感想・雑記】またまたタモリ倶楽部関連の内容です。
映像自体は観る事は叶いませんでしたが、そこは便利なネット社会。どういう内容か文字ベース及び画像ベースで何となく把握したところでございます。
今尾恵介さんがおっしゃられた「東京府荏原郡目黒町の表札がある」

リアルタイムで視聴する事ができなかったやり場の無い憤りを抱き、その発言の文字情報を頼りにさがしに行ってまいりました。

そして、まさかあんなところにというほどのあんなところに現存していました!
東京府の発見は通算2例目、23区内においては初の快挙でございます。

※1例目:東京府武蔵野町(http://d.hatena.ne.jp/so102/20110620/1308573851)


目黒町!1922年に目黒村から目黒町に変更されたのち、1932年に隣接の碑衾町と合併し目黒区となりました。わずか10年間の大変大変貴重な旧町名。

現存していただきありがとうございます!


[発見日:平成27年6月14日]

【目黒区】唐ヶ崎町


【消滅した年】1966(昭和41)年
【現在の町名】中央町
【感想・雑記】23区の旧町名さがしは確認すべきところはほぼ回ったと思われる昨今です。どれだけ探してもどうしても見つからないものが多くて困りますが、見落としていたものもまだあるんだなあと実感したのが今回の唐ヶ崎町です。
学芸大学駅から鷹番を越えたあたりに中央町なる無味乾燥な町名が現れます。この一丁目全域と二丁目の一部がかつての唐ヶ崎町です。

この地名で現存しているものはNTTのビルとバス停くらいでしょうか。町内会名にも残っていません。古い建物は多いのですが全くある気配がない。そんなこんなで5年まえから探せど探せど見つからずを繰り返し、この近くに引っ越した後に探しても見つからず。

そうこうしている間に引っ越してこのあたりを訪れる機会もめっきり減っていたわけですが、この日、なぜか「唐ヶ崎町を探しに行こう」と思い立ったわけです。通常旧町名探しをするにあたっては、だいたいこのあたりに行こうかなあという漠然とした動機でもって行っている場合が多いのですが、この日はピンポイントで唐ヶ崎町狙いであったわけで、しかも前日からそう決めていたのです。これはもう見つける、いや、見つかるしかない。

しかしながら、散々探し回っていた経緯もあっての久し振りの挑戦、ましてや旧町名探し自体も最近は頻度が落ちているという悪条件。何度も回った同じ町内を行ったり来たり。何度もなかったところに突然現れるなどあるわけもなくいよいよ隣の旧清水町との境目まで来てしまった。そんな時に明らかに見落としていた一角が。不安と期待を胸に抱き向かった結果

とどのつまりわたしが何を言いたいかというと、旧町名さがしにおいて重要なことは信じることそして思い込むことですということを皆さんに伝えたいのです。不思議な話、その見つけたい旧町名に対する思いが強ければ強いほど見つかりやすく、ある一定のラインを超えると唐ヶ崎町や三年町のときのような結果につながるのです。あなたがその旧町名を見つけられないのはまだ思いが届いていないからでしょう。あなたは三食トイレ以外は常にその旧町名の事を考えていますか、と問いたい。私は特に考えていないです。

[発見日:平成26年4月6日]

【目黒区】三谷町


【消滅した年】1966(昭和41)年
【現在の町名】鷹番
【感想・雑記】東横線学芸大学駅の商店街で見つけたデンリョクです。文字がかすれて読みづらいですがサンヤと読めるはずです。古い靴屋さんに貼ってあります。近所の方はお分かりになると思います。
学芸大学は、つい最近までこの沿線に住んでいたのでとても懐かしく思えます。学芸大学駅すぐの中華料理屋さんには会社帰りによく行ったものです。そして学芸大学といえばなぜか駅から遠く離れた場所にあるダイエーですね。元々はボーリング場だったという話を何処かで聞いたような聞かなかったような。
[発見日:平成22年8月21日]

【目黒区】芳窪町


【消滅した年】1964(昭和39)年
【現在の町名】八雲、東が丘
【町名の由来】葦が茂る窪だったため
【感想・雑記】たいそう久しぶりの更新で久しぶりの目黒区です。
さてこの地名は、戦国時代の1551年の古文書には既に記載があったそうです。町名自体は昭和7年に成立していますが、大正のころまでは雑木林や田畑、さらに沼地が点在していたという、たいそうのどかなところだったんでしょうね。ところで、変換候補で「芳」を出すのがやたらめんどくさいのは何でだ!いちいち芳香と入力→香を消すはもうまっぴらだ!

[発見日:平成22年11月7日]
[旧町名由来出典:江戸東京残したい地名(本間信治著)P251】

【目黒区】東町


【消滅した年】1966(昭和41)年
【現在の町名】目黒本町
【感想・雑記】渋谷区の東を散々工夫がないなどと言っておきながら、目黒区の方は消滅しているからと取り上げるダブルスタンダード。目黒は東は消滅した代わりに南ができました。木の割には高いクオリティで現存していました。

[発見日:平成22年10月3日]